影武者徳川家康は実在したのか?性格や子孫は?死因は?

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みなさんこんな言葉をご存知ですか?「サルとタヌキの騙しあい」

このサルとは「豊臣秀吉」タヌキが「徳川家康」であります!

徳川家康といえば天下統一を果たした豊臣秀吉の亡き後、17世紀初めから19世紀後半、なんと264年も続く江戸時代の基盤を作り上げた江戸幕府の初代大将軍である。

今回は、徳川家康の影武者や性格・子孫は・死因をわかりやすくまとめてみました!

それではお楽しみください!

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影武者は実在した?

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影武者とは殿に似せた身代わりのようなものです。

謎が多いことなのでドラマや漫画などで色々なフィクションで描かれていることが多いです。

映画などでよく徳川家康の影武者であったと言われている世良田二郎三郎元信という武士がいるのですが、これは本当に実在した人物と言われています。

この世良田二郎三郎元信という影武者が徳川家康と共に大阪夏の陣という戦中、本物の徳川家康が死んでしまった。

そして、その死を隠すために討ち死にした家康の身代わりとなり、徳川家康を演じ戦を乗り切った話があります。

しかし実際はそのよう資料はありません。

ではなぜ「家康影武者説」があるのかというと、徳川家康のことがあまり好きでない人たち(アンチ)がご自分たちの好きな武士に倒させるという、要は作り話をたくさん作りあげているわけです。

いい例が「石田三成」や「真田幸村」ですね。

人気武将好きが徳川家康死亡説を作りあげたのでしょう。そうでなければこんなに色々な話が増えてはいきませんよね!

という訳で本当のところは影武者は実在したが、徳川家康の身代わりは作り話しでした。

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性格は

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~鳴かぬなら鳴くまでまとうホトトギス~

この詩のように徳川家康はがまん強い、そして頑固な性格だったといわれています。

しかし徳川家康は若いころの戦で短気が出てしまい大敗したという話があります。実は短気だったのかな?と思うところもあるようですね。

我慢しているときに親指の爪を噛むクセがあったそうです。ケチということでも有名ですね!殿にしては珍しいんですよ!

子孫は?死因はなに?

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徳川家康の子孫は現代では18代目になっています。その方が徳川記念財団理事長である徳川恒孝さん

今でも徳川家康の歴史を先祖が守っているのですね!

よかったらこちらをどうぞ「徳川記念財団」ホームページ

■死因

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元和二年(1616年)4月17日に徳川家康は亡くなりました。

ほんとかうそか?!一番よく言われているのが「鯛のてんぷらの食べすぎ」

そんなことで死んじゃうか??

これが大好きで毎日食べていてある日お腹がすごく痛くなり、そして亡くなったのです。

まぁ実際は食べすぎもあるかしれませんが、ほんとうは胃ガンで亡くなったといわれています。

異説は数々ありますが、この話が一番有力のようですね!

最後までありがとうございました。

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